充実した休日とは嘘であり、悪である。
誰かが言った「休日はリフレッシュして、また月曜日から頑張りましょう」なんて言葉は、ただのやりがい搾取のテンプレだ。
夜勤明け、泥のように重い体をベッドに沈めながら、なぜか頭の中ではピッチの音が鳴っている。天井のシミを見つめながら、「あ、あの申し送り、ちゃんと伝わったかな」とか、「明日のリーダー、あの先輩だ……」とか、勝手に脳内反省会が始まってしまう。
こんな経験、ありませんか。
タイムカードを押したあとも、無給で病棟の悩みを反芻し続ける。それってつまり、休んでいないのと同じなんじゃないですかね。ただでさえすり減った精神を、自分の家で、自分でさらに削っているわけですから。
そんな状態の人間に「趣味を持ちましょう」なんて語りかける産業医のポスターは、もはや暴力に近い。
今日は、きれいごと抜きで。私たちが明日を生き延びるための「麻酔」としての趣味について、少し理屈っぽく考えてみたいと思います。
疲弊しきった脳は、放っておくと勝手に自分を刺しにくる
「疲れているから、休日は何もしたくない」。当然の帰結だ。
命を預かるプレッシャーの中で理不尽なクレームを浴び、ご飯を食べる暇もなく走り回っているのだから。休日に動けなくなるのは、怠惰でも甘えでもなく、極めて正常な身体の防衛本能だ。
だが、ここで一つ大きな罠がある。「何もしない時間」というのは、実はひどく危険なのだ。
人間、特にメンタルが削られている時に空白の時間を与えられると、必ずネガティブなことを考え始めるようにできている。
「あの時の先輩のタメ息、やっぱり私がとろいからだよね」
「私、看護師向いてないんじゃないか」
「この生活、いつまで続くんだろう」
体を休めているつもりで、脳内はしっかりナース服を着て、自分自身を言葉のナイフで刺し続けている。仕事のストレスから逃げるために休んでいるのに、休むことで余計に仕事の呪縛に絡め取られていく。
この悪循環の正体は、要するに「脳に無駄な容量が余っているから」というだけの話なんですよ。
「充実した趣味」などいらない。必要なのはただの「麻酔」だ
じゃあどうすればいいのか。
ここで世間はよく「リフレッシュのために趣味を持ちましょう」と無責任に言い放つが、あれは嘘だ。強者の論理である。
休日にヨガに行く? 手の込んだ料理を作る? 語学の勉強?
……馬鹿言っちゃいけない。そんな履歴書に書けるような立派な趣味をこなすHPなんて、底辺で這いつくばる私たちに残っているわけがないじゃないですか。
私たちに必要なのは自己成長などという高尚なものではなく、ただの「麻酔」だ。病棟のことを考える隙間を、物理的に脳から排除するための、強制的な没頭である。
• スマホゲームでひたすら無心でレベル上げの周回作業をする
• 意味もわからず、海外の人間が泥で家を作る動画を延々と2時間眺める
• パズルゲームでひたすら無心にブロックを消し続ける
はたから見れば、生産性ゼロの無駄な時間。だが、それでいい。いや、それがいい。
「あー、このアイテム落ちないな」と舌打ちしているその瞬間だけは、師長の顔も鳴り止まないナースコールも、完全に脳の外へ締め出すことができる。
意識が低くて、くだらなくて、何の足しにもならない没頭。それこそが、仕事という猛毒を中和するための、最も現実的で正しい処方箋というわけだ。
履歴書に書けないくだらない時間が、ギリギリの私を繋ぎ止めている
なぜそこまでして、仕事以外のしょうもない時間を作る必要があるのか。
それは、自分のアイデンティティを100%「看護師」に染め上げないためだ。
生活のすべてが仕事になってしまうと、病棟で失敗した日、先輩に詰められた日に、「私の人生、全部ダメだ」「生きている価値がない」と、自己否定の底なし沼へ一直線に落ちてしまう。
だが、くだらない逃避先を持っていれば、それは一本の細い命綱になる。
「今日の夜勤は最悪だったし、インシデントも書かされた。でも家に帰れば私は『レベル99の魔法使い』だし」
「仕事は無能だけど、推しの誕生日は完璧に祝えるオタクだし」
どんなに不器用で情けなくても、別の世界に「看護師じゃない自分」を逃がしておく。仕事の比重を、人生の100からせめて70くらいに薄めておく。
そうやってメンタルのリスクを分散させなければ、あの異常な現場で正気を保つなんて到底不可能なのだ。
アイデンティティの分散投資を怠るな
「もっとやりがいを持とう」とか「仕事の中に楽しさを見つけよう」とか、そういう無理のあるポジティブシンキングはもう終わりにしませんか。
仕事は仕事だ。しんどいし、辞めたいし、できれば明日も行きたくない。その厳然たる事実は、そう簡単には覆らない。
だからこそ、病棟から一歩出たら、徹底的にナースであることを放棄してやるべきなのだ。
休日は、生産性のないくだらないことに、思いきり時間を溶かしてください。それはサボりではなく、あなたがあなた自身の心を守るための、極めて論理的で立派な防衛行動なんですから。
さて、私もこれから、昨日からやりかけのどうでもいいゲームの周回作業に戻ります。明日のシフトのことなんて、明日の朝、ロッカーで制服に着替える時まで絶対に考えません。
あなたも今日はもう、お風呂にでも入って、病棟のことは全部忘れてしまいましょう。今日という日をやり過ごしただけで、私たちはすでに、十分に偉いのだから。
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