子どもが熱を出した。
朝起きた時、なんだか妙に暑かった。
まだ気温は一桁台だし、布団をかぶっているだけでこんなふうにはならない。
しかも、暑いのは一部だけだった。
正確に言えば、子どもがくっついているところだけが熱い。
ああ、これか、と思った。
そういえば、昨日からいつも以上にぐずっていた。
その時は熱なんてなかったし、ただ機嫌が悪い日かと思っていた。
まあ、親の「大丈夫だろう」はだいたい当てにならない。
熱を測ると37.5℃。
正直、もっとあるように感じた。
でも体温計がそう言うなら、たぶんそうなんだろう。
今日は託児所の日だった。
つまり、俺も妻も仕事の日だ。
しかも咳もある。
まあ、咳がなくても熱があれば託児所は休みだ。
そこは仕方ない。
子どもの体調のほうが大事なのは、頭ではわかっている。
問題は、その次だ。
職場への連絡。
何時に電話すれば夜勤に迷惑が少ないか。
今日、自分が休んで現場は回るのか。
仕事嫌いのくせに、こういう時だけ一応気にしてしまうあたり、たぶん根が小市民なんだと思う。
それに、どうせ何か言われるんだろうな、とも思う。
こういう空気があるから、子どもを持ちながら働くことがどんどんしんどくなる。
少子化が進む理由って、たぶんこういう細かくて嫌な現実の積み重ねなんだろう。
で、案の定だった。
電話をかけると、
「君以外に看れる人はいないの?」
と言われた。
いや、いないから連絡してるんだけど。
そこから説明しないといけないのか。
言わないと気が済まないのか。
たぶん向こうも困っているんだろうけど、困ってる人間にさらに小さくジャブを打ってくるあたり、職場ってほんと雑に優しくない。
キッパリと、いません、と伝えた。
すみませんが、お休みをください、と、心底申し訳なさそうに言った。
本音では申し訳ないだけじゃない。
面倒くさい。
しんどい。
もう勘弁してくれが同居している。
でも、こっちには子どもがいる。
今日はそっちを優先するしかない。
職場に休みを伝えると、次は病院探しだ。
子どもだから小児科、で機械的に決めるより、症状がはっきりしているなら専門を当たったほうが早いこともある。
今回は咳、鼻水、発熱。
なので耳鼻科に行くことにした。
耳鼻科に着くと、
「熱がある方は車で待っていてください」
と言われる。
まあ、そりゃそうだ。
5分くらいして看護師さんが来て、熱を測ってください、今日はどんな症状ですか、と問診を受ける。
そのあとはまた車で待機。
ここからが長かった。
朝イチだったけど、駐車場はもう多い。
この時期だし、インフルもコロナも流行っている。
みんな検査待ちなんだろうか。
うちの子は、たぶん違う。
いや、違ってほしい。
だって先月、インフルもコロナも両方やっている。
そんなコンプリートを短期間で二度も見たくない。
車で待つこと2時間。
ようやく診察になった。
ここからは逆にあっさりしていた。
定型的に問診されて、口の中と耳の中を見て、
風邪か花粉症の可能性がありますね、薬を出しておきます、改善しなければまた来てください、で終わった。
この言葉を聞くために2時間待ったのか、と思った。
働いている時は、「まだ?」「遅くない?」と言う患者さんに、仕方ないだろ、と思っていた。
順番なんだから待ってくれよ、と。
でも、実際に患者側になると、普通に思う。
まだ?
遅くない?
まさか忘れられてない?
立場が変わると、きれいに理解者ではいられない。
人間って、たぶんそういうものだ。
結局その日は、子どもの体調を見ながら家で過ごした。
仕事は休んだ。
現場には迷惑をかけたかもしれない。
たぶん、かけている。
でも、それでいいんだと思う。
いや、本当は「よくはない」のかもしれない。
人手は足りないし、休めば誰かにしわ寄せは行く。
現場なんていつだって余裕がない。
でも、だからといって、熱のある子どもを置いて働きに行けるほど、こっちも人間できていない。
というかそんな社会は嫌だな。
逃げたというより、守った。
たぶん今回は、それでいい。
仕事を優先して後悔するより、
一度休んででも、自分と家族を守るほうがまだましだ。
現場は大事だ。
でも、現場は人生そのものじゃない。
子どもが熱を出した日に仕事を休むことは、甘えじゃない。
ただの現実対応だ。
そうやって、その日その日で守るものを選ぶしかない。
逃げるというより、生き残るために。
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子どもが熱を出した朝、仕事は休むしかない。けれど職場への連絡は気が重いし、病院も待つ。しんどいけど何とか働く親として、休むことは甘えなのかを理屈っぽく考えた記事です。
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